人類も犬も猫もみな友だち
カテゴリ
犬の思い出 犬の声 アフリカ Music テレビ雑感 童話?? MY LIFE THAI LIFE 友達 FAMILY CAR GOLF アルチュー人生 お仕事 Vietnam 中学2年E組 LAO 残念 働くジドーシャ 清い心 ミャンマー 以前の記事
2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 最新のトラックバック
タグ
タイ(23)
赤シャツ(13) お仕事(9) 胆石(6) ラオス(5) 残念(4) 網膜剥離手術(4) 健康に感謝(3) ウレピ―(3) ボビー君(2) イサーン(2) 合掌(1) CG(1) NAVI(1) ショッピング(1) 寺(1) 新入生(1) 日記(1) 入院(1) 野球(1) その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
リビア最高指導者と米国大統領が握手をした。 自分が滞在した1987年から89年にかけて、両国の関係は最悪だった。 88年にリビアのテロリストが、ロンドン発のパンアメリカン747ジャンボジェットに時限爆弾を仕掛けて空中爆破させ、犯人の引き渡しを拒んだリビア政府に対する西側の答えが国連制裁だった。 その余波で、僕の所属していた企業も撤退を余儀なくされ、中途半端な気持ちで日本へ帰国したのが89年5月のことだった。 その年は、リビアの革命20周年にあたり、9月1日の革命記念日に向けて、カダフィ大佐は壮大なプロジェクトの完成を国民に紹介する、集大成でもあった。 プロジェクトは、サハラ砂漠の地底深くに眠る真水を、地中海沿岸に展開する都市へ水道水として配給するもので、革命記念日にカダフィ大佐が最初の蛇口をひねるのがメインイヴェントだった。 僕はその式典の様子を、せめて地元のテレビで見たいと思っていたが、命令には逆らえなかった。 あれからちょうど20年、ということは、今年09年はリビア革命40周年にあたる。 一人の独裁的国家元首が、40年の長きにわたり、その地位を維持している。 元々任期なんてないのだから、離任の日なんて来ないのだろう。 反米の旗手として、何かと比較されていたサダム・フセインは身柄拘束後に死刑に処され、アラファト議長はとっくに亡くなり、敵視してきた米国では黒人大統領が就任し、アフリカ議会で非難しまくってきた南アフリカでも、ネルソン・マンデラ氏が釈放され、ついには大統領に就くという、目まぐるしい時代にあって、カダフィ大佐は上手に世渡りしたようだ。 個人的にたくさんの思い出を作らせてくれたリビア、20年ぶりに訪れてみたいと思った。
by bob_jones
| 2009-07-11 01:20
| アフリカ
|
ファン申請 |
||