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むかし「笑うせぇるすまん」というアニメがあったけれど、それとは全然関係ない話。 25年近く前、まだ20代半ば、僕は東京で約7年間セールスマンをやった。月が替わるとグラフがゼロにリセットされ、来る日も来る日もカバンに重いパンフレットを詰めて、革靴がすぐボロボロにすり減った。 日に最低百件を合言葉に、住宅街のチャイムを押し続けた。 ドアーを開いて応対してくれる家は5軒に1軒あればよいほうで、大抵はドアーホンでお終いだった。 「コーヒーでも飲んでいって」とネグリジェ姿のマダムが出てくることは、経験上皆無である。 その日は朝からとても寒い日で、午前中は喫茶店で時間をつぶし、昼は立ち食いラーメンで暖を取り、午後は少しだけ訪問活動をやった。 しかし1時間ももたずに、僕は私鉄沿線駅前にある映画館に飛び込んだ。 なにを上映しているかなんて関心もなく、ただ暖房が効いて、時間を気にせず一人になれる場所が欲しかった。 急に光を失って、半ば手探りで両開きの扉を押すと、饐えた臭いが充満する館内から女性の悶え声が返ってきた。 そう、本日の出し物は、日活ロマンポルノ3本立てだったのである。 たった500円で旧作映画3本を観れるのである。 凍える手をコートのポケットに突っ込み、マフラーに首をすくめながら、僕はスクリーンを見た。 当時現役のポルノ女優が、胸も露わに眉間にしわを寄せて、体をエビ反りにさせて悶えている。 「すごいときに入っちゃったな」 独り言をつぶやきながら、目が慣れるに従って館内には客がまばらなことがわかる。 適当な座席に腰掛け、僕は再度画面に目をやる。 ポルノ映画といっても性行為だけに終始するわけではなく、一応取って付けたようなストーリーが設定されている。 最初は無関係の男女が、学芸会のような筋書きによって接近し、一気にベッドインに至るのである。 それと笑ってしまうのが題名の数々で 「食い込み海女、乱れ貝」 なんて誰が考えるんだろう。 ポルノ映画は、最初の1本はけっこう興奮して面白いのであるが、2本目から飽きてしまい、3本観るのは苦痛になる。 いつの間にか冷静になった自分。 腕時計を見るともうじき午後5時である。そろそろ営業所に帰らないと、サボっていたことがバレてしまう。 女優の「アァ~~ン、アァ~~ン」という絶頂寸前(演技だけど?)の声を背後に、僕は重い扉を押して外に出る。 冬の東京は、もうすっかり暗くなっている。 ぅわ!雪が降っているではないか! 映画館前の薄汚れた裏路地は、午後からの雪で白化粧。 僕が、雪の日に営業活動に精を出すほど熱心な人間でないことは、僕はもとより、営業所の所長以下、誰もが知っていることである。 営業所まで電車で2駅、僕はどこで何をしていたか言い訳する筋書きを懸命に考えていた。 たったいま、ポルノ映画の陳腐な筋書きを嘲笑った罰が当ったのだ。
by bob_jones
| 2006-03-13 19:26
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